「暗黙の了解」
奴らと初めて会ったのは
25年くらい前だったと
記憶している。
若いくせに、
渋い音楽を目指していた。
当時、西公園に
「鴻楼舘」と言う変な店があった。
カウンターの奥にはSTUDIOがあり、
FACESを辞めたばかりの山内テツや
結成したばかりのACCIDENTS、
BLUES BAND等、
多くのBANDが集まっていた。
思い出せば
本当に変な、変な店だった。
内の上さんも出入りしていたらしいが,
一度も顔を合わせた事など無かった。
後に俺の義弟になる
TAD三浦も常連で
各方面のミュージシャンと、
交流をしていたようだ。
そして天神のど真ん中、
西鉄グランドホテルの
斜め向かいにある空地が
ちょっとした市場の様になっていた。
屋台がいくつも設けられ
週末にはLIVEも開催されていた。
そこの音楽プロデュ-サーが
TAD三浦で、
いろんな福岡・博多のBANDを
出演させていた。
ある日、
俺にも白羽の矢が立ち
LIVEをしなきゃいけなくなったが、
当時俺はBANDを持っていなかった。
"三浦!俺、BANDが無いとばってん"
"大丈夫ですよ、山部さん。
二十歳そこそこの若手を
バックにつけさせますから。
BANDの名前は・・
なんとかBOXというアンプのような、
名前だったんじゃないですかね”
リハ-サルは一回もせず
前もって
演奏する曲名だけを伝えての本番。
オ-プニング・アクトは、
その若手のBANDだった。
"JUG&BOOGIE BOXです!"
演奏が始まった。
PUNKじゃない。
若いのに、
変に枯れた音を出す。
ヴォーカルは声が良く
元気がいい。
他のメンバ-は記憶に無いが
このヴォーカルだけは
とても印象的だった。
ようやく俺の出番。
JUG&BOOGIE BOXとの演奏だ。
歌う前から既に、
俺のマイクが
ビシャビシャに濡れている。
そしてニンニク臭い。
そうか、奴らは若い。
焼肉でも喰って
気合を入れて来たんだなと思い
何曲か歌ったが、
やはりマイクが臭い!
とにかく臭い。
ただ演奏はしっかりしている。
それから25年が経つ。
奴は50歳。
今度生誕LIVEをやるらしい。
中洲Gate's 7で、その名も"大塚祭"
俺も招待された。
"大塚!
今度はお前のマイクと俺のマイクを、
別々にしてくれ!”
そう願いたい。
そして
"歌う前に、焼肉は喰うな!"
さぁ俺も還暦か。
奴らには負けられない。