「三叉路の交差点」

2014年09月13日 14:30

"おぅい!洋之、風呂行くじぇ"
隣の二つ上のマサルが言った。
"待っとって!今、行くけん!"
幼い頃、我が家に風呂が無かった。
勿論この界隈で
風呂が家にある所が少なかった。
歩いて3分の所に「千代の湯」があった。
その頃俺は、善次郎じゃなかった。
親から名付けてもらった
「山部洋之」と言う
ちゃんとした名前があった。
親父は山部誠之助、お袋は洋子。
お袋の洋と親父の之を取って山部洋之。
田舎の婆さんが言った。
"女の名前が男より先に付くと
あんまり縁起がようなか...。
気にもしなかった。

千代の湯は子供達大人達の
コミニケ-ションの場であった。
色んな人達が入る。
脱衣所の壁には
今流行の外国の映画のポスタ-や
ピンク映画まで毎日が興奮だった。
男湯から、女湯から、
大きながする
"あんた!いつまで入っとうとね~?
はよう、あがらんねぇ~"
"かぁ~さん!シャンプ-ば投げてんやい~
汚れて石鹸じゃ泡の立たんたぁ~い。
早よう、せんかぁ~"
"うちのサトミが男湯に入っとろう?正!"
"かぁ~ちゃん
背中に鯉が滝ば上る絵を描いとんしゃ~
おいちゃんがおるよ~!
まぁこんな具合に。

俺達は風呂屋の息子で
高校三年生の隆兄ちゃんから聞く
「ゴジラ」の話に胸躍らされた。
千代町は..「宝来町」は俺達の町だ。
親父が営む紙問屋、米屋、自転車屋、
牛乳屋、魚屋、お菓子屋、鉄鋼所
印刷会社、チャンポン屋、ラ-メン屋、
うどん屋、たこ焼き屋、電気屋
宝来町全体が、今言う
大きなス-パ-マ-ケットだった。
誰もが皆、顔馴染み。
泣かす奴に泣かされる奴
可愛いアノ娘、綺麗な姉ちゃん
やけに色っぽい後家さん
BLUE BOY(今のオカマ)までいた。

毎朝家の前を走る
電車の音で目が覚めた。
家ごと揺れてたのを思い出す。
ワル僧ばかり2~3人で
電車のレールに五寸釘を置いて
手裏剣を作った。
東公園で子供の頃
タカられた事があったが、
宝来町のあんちゃん達が
次の日、取り戻してくれた。
風呂上りのコ-ヒ-牛乳は大人の味。
フル-ツ牛乳は青春の味。
オロナミンCは禁断の味..
番台の風呂屋の親父から
喧しくおごられた事を思い出す。

その内、
家にも風呂が..テレビも来た。
家の庭に大きな無花果の木があった。
それを取るのが俺の役目だった。
白い汁が足とか腕につくと
妙に痒かった。
..未だに無花果の喰い過ぎで
ス-パ-で無花果を見ると鳥肌が立つ。 
無花果は買うもんじゃない
千切り取るもんだと今でも思ってる。

アノ頃は一体何処へ行ってしまったんだい?
SONHOUSEの歌が頭の中で流れてきた。
マコちゃん、篠山さんは、
俺ん方の隣のボロ・アパ-トに住んでたらしい。
後から聞いた話やばってん。
そういや背の高い髪の長い
汚い兄ちゃん達がおったなぁ..

婆さんが言うた。
又、火事ねぇ~
宝来町やけんねぇ~金が燃えよったい。
そしたら又新しい金が
この町に入ってくるたい。
宝が燃えよう...
あれから45年。
我が家に宝は来そうにない...。
そして俺は、
山部洋之から山部善次郎に生まれ変わった。